社会の夜電

資本主義社会の問題をないがしろにすることを辞めねばならんと思って今日もブログを書きます。格差はあってもいいかもしれません。でもそれは万人が健康的で文化的な最低限度の生活を送れてから初めて行われることだ!

民主的なプロセスでは国家社会主義、暴力的手段では社会主義が実現できる。

大衆は無知である。

丸山眞男も「政治的無関心」の中で言うように、大衆は抑圧されればされるほど保守に流れる。

一億総中流から格差社会に移行している現在で、その流れは顕著になってきている。

 

真の幸福社会を実現するためには、国家社会主義しかありえない。

 

ユーロコミュニズム

特徴

高度資本主義国に起こる

②議会制複数政党制の尊重

③社会資源の平和移行

④多数中心主義(ソ連と対立するもの) 

 

アフガニスタン侵攻

日共 ✖️→日ソ共産党会談1979年12月17日の共同声明の内容(反革命の輸出に反対するとともに革命の輸出にも反対する)を破ったから

 

 

 

怠業権

私たちには怠ける権利がある。

産業革命いやそれ以前の時代から私たち労働者そして農民は国や企業から収奪や搾取を受けてきた。

そうした境遇に置かれている労働者たちの怠ける権利が確保されるのは当然である。

なぜなら企業や国は我々労働者から正当な賃金正当な労働力によって生まれる対価を与えることなく彼ら自身の利益のために収奪と搾取を繰り返しているからである。

資本主義を破壊せよ

現代の資本主義は様々な欠陥を有している。

格差、貧困、戦争の原因は資本主義にある。

われわれはこうした資本主義を打倒し未来の新しい社会に向けて全力で団結しなければならないなければならない。

学歴コンプレックスとの自分なりの向き合い方

世の中に学歴コンプレックスを持たない人間はいない。無意識的にあるいは意識的に世の中の人々は学歴に対してのコンプレックスを持っている。コンプレックスを持つことそれ自体の良し悪しを言うのはここでは避けたいと思うが、今回は学歴コンプレックスに対しての自分なりの向き合い方というものをここに残したいと思う。

私は学歴は資本主義の世の中で勝ち残っていくための道具であると考える。

大海を想像してみよう。

この大海は資本主義という名で呼ばれている。この資本主義という海は様々な人が航海する。あるものは非常に安全で大きな船の中でゆっくりと自分の時間を娯楽教養に当てながらこの海を渡るが、あるものは自分の足でクロールして泳いでいかなければならないものもいる。

 

ではどうしてこの差が生まれるのだろうか?

それはずばりどの職業に就くかというところに原因がある。

精神的な豊かさは置いておいて、物理的な豊かさだけに限定してこの問題を見ていくと職業が人生という航海の快適さを決めるのだ。

 そして職業は学歴と高い親和性がある。

 事実、大企業に勤めているものはそれ相応の学歴を有していることが往々にしてありうる。

もちろん学歴が高くなくても高い年収を受け取っている人もいる。

しかしその割合はかなり低いのだ。

 

では学歴のないものは一生海をクロールで泳いでいかなければならないのだろうか?私は違うと思う。たとえ学歴がなかったとしても資格免許等でカバーできる部分がたくさんあるからだ。さらにリスクを背負って起業し成功すれば学歴という足枷からは完全に解かれることになる。

 

私が何を言いたいか。

つまりはこうだ。

「学歴はよりよく生きるための道具になりうるが、そうした手段としての学歴が目的になってはいけないということ。そして学歴のない人間は学歴が全てではないという理屈で自分自身が成長できない言い訳をせず、学歴がないことを受け止め、その上でよりよく生きるために何をすべきかを考えるのが重要ではないか」ということだ。

 

資本家は富を得る分リスクも背負っているから、貧富の格差は当然だとする考え方に反論したい

私は「資本家は富を得る分リスクを背負っているから富をたくさん得るのは当然だ」とする理論に反論したい。

そもそも資本家は国家から国民の税金を使って景気が悪い時サポートしてもらっている。

さらに倒産した時にも一旦その借金をチャラにすることができたりといろんなことで資本家は保証が効く。

しかし我々労働者は保証が効かない。

資本家は自らの上の失敗により会社が倒産したとしてもそのリスクの分だけそれなら言うことをする必要がない場合が多にしてあり得る。しかし労働者はそのリスクを背負わされているしついに背負っている資本家は自らの上の失敗により会社が倒産したとしてもそのリスクの分だけ言うことをする必要がない場合が多にしてあり得る。しかし労働者はそのリスクの分だけの搾取を常に行われている。さらには搭載した時のリスクをも資本家と同様に常に担っている。

 

私のゼネラルストライキ空想

私はゼネラルストライキをこの日本に起こしたい。戦後日本は高度経済成長を経てGDP世界3位の先進国となった。

 しかしその現状は先進国の中でも最低ランクの賃金しかもらえないような労働環境になっている。私はそうした資本家と労働者の賃金の格差、時間の不平等、生き方のチャンスの不平等、などの様々な問題からゼネラルストライキをこの日本に起こすことが最重要課題であると考えた。

そこでここではゼネラルストライキを日本に起ために様々な観点からこの問題について話していきたいと思う。

どのようにゼネラルストライキを起こせばいいのか?

どうして暴力革命ではなくゼネラルストライキなのか?

ゼネラルストライキに正当性はあるのか?

一般人の労働者の認識はいかなるものなのか?

このように様々なところから考え私のゼネスト論を展開していきたいと思う。